喜多方市美術館は、喜多方市が行った「蔵移築再生事業」の一環として、「喜多方蔵の里」にある7棟の蔵群とともに建設された煉瓦蔵で、もともと美術館として建てられたものではありません。
「喜多方蔵の里」は、市内の有志などから寄贈を受けた古い蔵を移築集積した施設で、「蔵のまち喜多方」のシンボルゾーンとなっています。
美術館はその一角にあり、この地方の農家の作業蔵をモデルにして新築された煉瓦づくりの建物です。
したがって美術館としての使い勝手は決してよくありませんが、開館以来、地域文化の発信施設としての機能を果たしてきました。

喜多方市には大正から昭和にかけての時代、画人を中央から招いてこの地に逗留させ、素封家が彼らの作品を購入するなどして画業をバックアップした歴史があります。
地元の素封家や画人たちは「喜多方美術倶楽部」を組織して活動し、「行く行くは美術館を」という構想を持っていたと言われています。
この組織は残念ながら昭和の早い時期に消滅していますが、先人たちの美術に対する思いが今に伝わり、地方の小都市には珍しい美術館の開設につながっています。